森絵都の小説『みかづき』を読みました。

昭和36年。小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い――。

昭和36年(1961年)から平成20年(2008年)まで、親子三代にわたって学習塾経営に携わる、ある家族の物語です。もはや大河小説の域に入るのではないでしょうか。

普段は小説を読まない僕ですが、昔は受験業界にいたことがありますし、知り合いの予備校講師が勧めていたので、読んでみることに。本編462ページ。結構分厚いものの、面白くて一気に読みあげました。以下、感想を少し。

時代の空気感

物語は必然的に、学習塾の歴史の流れに振り回されることになります。

学習塾の芽生え、塾ブーム、塾バッシング、塾戦争、業界再編……いくつもの時代の荒波をかぶるわけです。章ごとに時代が飛ぶのですが、各時代の空気感がすごいんですよ。

学習塾の歴史をよく調べてあることもありますし、ちょくちょくその時代を象徴するネタを放り込んでくるんですね。90年代半ばには、娘がセーラームーンにはまっているからセーラームーンごっこをしているとか、ポケベルの話が。その放り込み方は、ちょっと演出として白々しくもあるのですけど、自分の記憶も手伝うのか、見事に各時代の空気感を醸し出しています。

言うなれば、ドキュメンタリーや回顧録を見ている感じがします。

教育者の葛藤

あと、ものすごく共感してしまうんですよ。

登場人物たちは、それぞれの教育観、ビジネス観、家族観を持っています。そして、それらは、様々な葛藤の中で揺れ動きます。やるせない気持ちに沈むこともあります。

これが、ものすごくよく分かるんです。

たとえば、落ちこぼれの子供がいたとして、時間をかければ、救えるとしますよね。でも、時間をかけるということは、お金がかかります。特に、学習塾では採算や儲けも大切ですから、どうしても見捨てざるを得ないこともあるわけです。

結果だけを見ると、簡単に切り捨てているように思える場合でも、その裏では、無数の葛藤に苛まれているのが実際です。そのときの「痛さ」は本当につらいものです。

登場人物のそういった姿を見ていると、まるで「痛さ」が甦ってくるようでした。教育関係者への取材がしっかりしていて、その上、描き方が巧みなんでしょうね。どれだけ泣いたか分からない。

まとめ

そんなわけで、『みかづき』の感想でした。

物語の中では、教育者としての吾郎と経営者としての千明の、激しい夫婦間対立が繰り広げられます。夫婦というのは、諦めつつ、認め合う必要があるのだと勉強になりました。

あと、やっぱり、教育に正解はないんですね。

だから、教育者は、あらゆる「正解」と思しきものを片っ端から吸収していくしかないんだなと再確認しました。引き出しの中身を豊かにして、何でもできるようにしておかないといけない。

まさに、「みかづき」なんだなと思いました。