ごくたまに、大阪の橋下徹市長に驚かされるときがあります。市立桜宮高校の体罰問題の件で、市教委に要請した内容というのが、ちょっとすごいものでした。

  1. 体育系2学科の入試中止を要請
  2. 全教員の総入れ替えを要請
  3. これらに従わない場合、桜宮高校の予算を削減する

この強権発動については賛否あるようですが、僕が見聞きする限りでは、批判や反発の声の方が圧倒的に多数を占めているように思います。特に、入試シーズンを目前に控えた状況での入試中止要請というのは、受験生(現中学三年生)への影響は必至ですから、その辺りへの配慮が足りないという批判が多いようです。

ですが、橋下市長のこのやり方は、本質を突いた正しい方法と言えるのです。

おそらく、教育関係者のほとんどは、この問題の本質を理解していません。橋下市長のブレーンには陰山英男がいるようですが、陰山英男に問題の本質を理解できるとは思えませんので、橋下市長は、彼自身の直感をもって、本質を突いてきたんだと思うんですね。これが本当に驚きです。

この問題の本質は、「体罰は悪い」とか「体罰を行った教員が悪い」とか、そういうことでは実はありません。ほとんどの人は、このレベルでしか理解していないと思われます。しかし、この理解では、問題が解決に至ることはあり得ません。その証拠に、同じことが何十年にもわたって繰り返されてきているからです。

もっと言えば、桜宮高校においては「体罰は正義」だったんです。事件後の説明会において、保護者から体罰容認の拍手が起こったのがその証拠です。

重要なのは、この問題が、個人に帰する問題なのか、それとも、個人を取り巻く環境に帰する問題なのか、その大局的な見極めです。体罰は、その教員だから起こった問題なのか、はたまた、その学校環境によって起こった問題なのか、その見極めを誤ってしまうと、その後の対応も誤ってしまいます。

今回の件では、体罰を行った教員に問題があるのはもちろんですが、それよりも重大だと思えるのは、「体罰は正義だ」と考えている桜宮高校全体の問題だと言えます(ひいては、体罰が法律で禁じられているにも関わらず、一向になくならない日本の教育全体の問題でもあるのです)。教員、保護者、在校生、卒業生、そして受験生、現在の桜宮高校を支えている人々全体の問題なのです。

そう考えると、本来的には、桜宮高校の解散というのが妥当です。本気で体罰をなくしたいのなら、そうすることがベターだと言えるわけです。

ただ、それをしてしまうと在校生は途方に暮れますから、おそらく、橋下市長はそこを擦り合わせた結果、新入生を採らないことにしたんだろうと思います。入試中止が、理想と現実のギリギリの落としどころだったのではないでしょうか。

今日、市教委によって入試継続・中止の最終決定が行われますが、このまま橋下市長が譲らなかったとしたら、たいしたもんだと思います。

【以下追記:同日20時45分】

僕は「橋下市長は、彼自身の直感をもって、本質を突いてきたんだと思うんですね」と書きましたが、橋下市長の会見を見ると、どうも「直感」ではないですね。確実に理論を理解しているように思えます。いやぁ、お見それしました。