財布の重み
市場へ向かう道で、あの老人を見かけた。
どこへ行くのだろう。好奇心から老人のあとをついていった。老人は、市場へ入ると、いくつもある露店の前を素通りし、外れ近くの露店の前で立ち止まった。実用品とは言い難い、何に使うかわからないものが並べられている店だった。
老人は肩に掛けていたショルダーバッグから布製の袋を取り出した。表面に凹凸が浮かび上がる。何かごつごつとしたものが入っている感じだった。それを袋ごと露店商に渡すと、露店商は、吊るされた籠から小銭を指で掻き出して、老人に渡した。この間、会話はほとんどなされなかったように見えた。
老人は片手で受け取ると確かめる素振りも見せず、来た道を戻るように歩き出した。鉢合わせしそうになったのを、別の露店に隠れてやり過ごした。
何を売ったのだろう。そう思って、その露店を訪ねた。
「すみません」
「いらっしゃい」
「あの、いまのおじいさん、何かを売られたように見えたのですが……」
「ああ。これね」
露店商はそう言って、あの袋から木彫りの人形を取り出した。指二本ほどの小さな人形だ。鳥を模しているようだが、形は歪だった。
「あのおじいさんは、彫刻家か何かですか?」
「さあね。月に二度ほど売りに来るんだよ」
「それ、一つください」
「えっ? 買うの?」
「はい。おいくらですか?」
「銅貨一枚だよ」
銅貨一枚では、小さなパンすら買えない。子供のお駄賃ぐらいの金額だ。あの袋の大きさからして、十体も入ればいいぐらいだろう。月に二回、それを売って生活しているのか。
そう思いつつ、財布から銅貨一枚を出した。その財布の重みを感じながら、私も来た道を戻るように歩き出した。
(了)
奥付
財布の重み
- 著者
- QU
- 公開日
- 2026年1月11日
- 備考
- 短編(未公開)の一部を掌編としてまとめた。