落ち葉の色
真新しいノートを開く。
何も書かれていない今日の欄をしばらく見つめ、カウンター席に腰を掛けた。両肘をついて顎を乗せたが、もたげる頭の重さに負けて、そのまま突っ伏した。
豆の入ったキャニスター、念入りに磨いたカップ、それらを目で追い、最後に時計を見た。もう四時になろうとしている。
丸椅子を回転させ、窓の外を見た。
「グレー一色だ」
一昨日から降り続く雨に濡れたビル群は、いつにも増して重い色に見える。ガラスに貼りついた一枚の落ち葉だけが彩りをもたらした。
カンカンカンと、外階段の音が響いた。
うちかもしれない。片足のつま先を下ろして身構えたとき、丸椅子が軋んだ。一拍置いて、カランというドアベルの音とともに扉が開いた。
その客は、傘を傘立てに差すと、こちらを向いて軽く会釈した。が、愛想のいい感じには思えなかった。形式に則っただけのように見えた。
サイフォンが鳴らすポコポコという音を聞きながら、カップを温める。ふと、初めて客を迎えた日のことを思い出した。二番目の客は父だったなと、ふと目尻が緩んだ。ちらと、窓際のテーブル席に座る客を見ると、相変わらず、スマホをいじるでもなく、頬杖をつきながら窓の外を眺めているようだった。
「ブレンドコーヒーです」
カップの乗ったソーサーを客の前に差し出した。
「なかなか止みませんね」
そう声を掛けたものの、顔は窓の外に向けたまま「そうですね」とだけ返ってきて、「それではごゆっくりどうぞ」と残してその場を離れた。
カウンターに戻ると、ノートを開いた。今日の欄に「一」とだけ横画を引いた。隣のページも「一」だけだ。次の縦画を書けたのは三日前だ。溜め息が出そうになってノートを閉じた。
カップとソーサーの鳴る音が聞こえた。客を見ると、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。そこだけ静止画のようだった。
客が席を立つのを見て、レジに向かう。
「ありがとうございます。六百円です」
客が財布を取り出したとき、ネイルの色が目に留まった。窓に貼りついた落ち葉と同じ色だったので、声が出そうになった。
会計を済ませると、客は少しだけ微笑んで「おいしかったです」と口にした。「ありがとうございます」の声は遅れた。傘立てから傘を取り、店を出て行くその後ろ姿がぼやけた。
(了)
奥付
落ち葉の色
- 著者
- QU
- 公開日
- 2026年3月1日