開かないカーテン
チョークの音がリズムよく響く。
頬杖をついたまま講義室を見回した。スマートフォンをいじったり、机に突っ伏している学生も少なくない。先生はそんなことはおかまいなしに、何か呪文のようなものを唱えながら、チョークの音を鳴らし続ける。私のペンは止まったままだ。
「学食行く?」
「学食か……。今日は外へ食べに行く」
講義室から出るとき、そんな会話が聞こえた。その会話の向こうに、さっきまでチョークを鳴らしていた先生の背中が見えた。右手の指をしきりに擦り合わせている。廊下の角を曲がるまで見届けてから、ゼミ室へ向かった。
廊下の窓から、イチョウ並木に目をやった。まだ色づいていない。目を外したとき、ふと、足が止まった。ゼミ室へ行くのはやめた。
「ただいまー」
「あら、早いじゃない。四限まであるって言ってなかった?」
「これを置きに来た。またすぐ出る」
そう言って、手にした箱を母に見せた。
「ケーキ?」
「お母さんのじゃないよ。あの子にね」
母親はにやっと笑った。
「喧嘩でもした?」
「してないよ」
冷蔵庫を開けて、ケーキの箱を入れた。テーブルの上のブロックメモを一枚ちぎり、『カフェオレありがとう』と書いたが、すぐに丸めて捨てた。もう一枚メモをちぎる。ペン先は動かない。メモをそのまま戻した。
「じゃあ、行ってくるね」
「なんか言ってあげなよ」
「寝てるでしょ。いいよ」
そう言い残して、家を出た。少し行って振り返る。二階の窓のカーテンは閉まったままだ。期待されないのも、期待しないのも、慣れちゃ駄目だ。私はバス停まで走った。
(了)
奥付
開かないカーテン
- 著者
- QU
- 公開日
- 2026年5月17日
- 備考
- 掌編『青年が見た夜』の姉視点の話。