ぬるい抹茶ラテ
「あ、これ甘いやつだ」
「それ何?」
「失敗した」
「写真見なかった?」
「なかった。文字だけだった」
「わかんないの頼むから」
「みんなわからなかったんだよ。……コーヒーなかった」
「コーヒー屋なんだからコーヒーはあるでしょ」
「なかったんだよ」
「ブレンドとかは?」
「……なかった。あんたのは何?」
「ミルク」
「……えっ? 牛乳?」
「あったかいのね」
「こんな店まで来て?」
「だって……わからなかったから」
「そんなの、スーパーで買って家で温めて飲めばいいじゃん」
「いま飲むんだもの」
「せっかくだから変わったものにしたらいい」
「それで失敗したら意味ないじゃん」
「失敗じゃないよ。飲んでみたかったから。前のお嬢さんもこれ頼んでたんだよ。鞄にキーホルダーいっぱいつけてた子がいただろう? ものすごい流暢に注文してたから、きっと常連なんだよ」
「でも、甘くて嫌なんでしょ?」
「嫌というか……思ってたより甘かっただけだよ」
「なんてやつ?」
「……」
「何頼んだ?」
「……わからない」
「ほら、わかんないんじゃん」
「忘れただけだよ。ティッシュある?」
「あるよ」
「何これ、買ったの?」
「もらった」
「誰に?」
「裏で工事してるじゃん?」
「ああ」
「その挨拶にって」
「タオルじゃないんだ」
「タオルなんていらないよ」
「なんで?」
「あんなペラッペラのやつ、雑巾にもならない。ティッシュのほうが使えるよ」
「にしても、ちっちゃいティッシュって……」
「嫌なら使いなさんな」
「このあとどうする?」
「おかず買って帰る」
「それはわかってるよ。どこで買う?」
「さつまいも」
「どこ?」
「こないだもらったさつまいもがあった」
「吉田さん?」
「初めて育てたんだって」
「へえ」
「でも、ほっそいの」
「さつまいもって難しいの?」
「知らない」
「おかずにならないじゃん」
「ちょっと傷んできてたから、早く食べないと」
「……吉田さん?」
「そう」
「癌じゃなかった?」
「そんなこと言ってたね」
「もうだいぶ前だよ」
「こないだだよ」
「いや、三年ぐらい前だよ」
「違うって。祭りのときさ。癌になったからお酒やめたって」
「それ、三年前の祭りだよ」
「佐藤さんとこの孫が生まれたときだもん。それでお祝いに行ったじゃない。そのときに、吉田さん癌だってって」
「それは去年だろ」
「今年」
「……花博のときじゃなかった? 誰かからお土産もらって。あんたが一人で食べちゃって。アーモンドが入っているって書いてたから、食べてみたかったのに」
「佐野さんだね。亡くなった」
「ええ?」
「亡くなったのは佐野さん」
「佐野さん、亡くなったの?」
「私は葬式行ったよ。あんたが検査入院してたとき」
「おお。あのときに」
「恵美ちゃんが横浜から駆けつけて、大変で」
「知らなかった。教えてくれればいいのに」
「入院してんだもの。死んだ話は嫌でしょうよ」
「……確かに……嫌かあ」
「それに、昔、何かで揉めてたじゃん」
「ああ。あれは吉田さんが悪いんだよ。克也のほうの」
「クリーニング屋の横の?」
「そう。吉田の克也さん。あの人、酒癖が悪くてさ。あははは」
「ああ……、その話、前にも聞いたわ」
「酒癖が悪いもんだから。あははは。吉田さん、克也のほうな、髪をさ。あははは」
グラインダーの音が唸った。
「ふふふ。でさあ……、そしたら酔っ払った吉田さんが……」
「晩ごはんのおかず何がいい?」
「はあ……。じゃがいもがあるんだっけ?」
「さつまいも」
「ああ。ほっそいの」
「なんかお惣菜買って帰ろうよ」
「うん。焼き鳥がいいな」
「せっかく町へ来たんだから、もっと今風なのがいいよ……」
「今風?」
「パプリカが入っているような」
電車の時間が来たから席を立った。克也のほうの吉田さんの髪がどうしたんだろう。そう思いながら、私は返却口にトレーを置いて店を出た。老夫婦の話を聞きながら飲んだ抹茶ラテは、いつになくぬるい感じがした。
(了)
奥付
ぬるい抹茶ラテ
- 著者
- QU
- 公開日
- 2026年6月7日