白い軍手
家から角を二つ曲がったところに小さなポストがある。
ある雨の日、応募ハガキを投函しに行った。ポストの上に丸いものが置かれていた。
よく見ると軍手だった。丸められた軍手だ。表面には黒いシミのような汚れが雨に滲んでいる。落としものだろうが、これだけ濡れていると、落とし主が見つけても拾おうとは思わないだろう。気の毒に感じて目を逸らした。
クリアファイルで庇いながらハガキを投函する。目を閉じて手を合わせた。手は冷たかった。送れるだけの念を送って、家へと急いだ。当選はしなかった。
この春から高校へ進学した。
普段は自転車通学だが、雨の日はバスに乗る。初めてのバス通学の日、久し振りにあのポストの前を通った。不意にポストの上に目が向いた。白い丸いものがある。通り過ぎてから、はっとして足が止まった。振り返って見ると、丸められた軍手だった。
あれはもう何か月も前のことだ。相変わらず、黒いシミのようなものはあるが、それにしては、ほかの部分は白かった。ずっとそこにあったとは思えない。ポツポツと、雨が傘を叩いた。
夕方。
バスを降りてポストの前を通った。角を曲がる前に、ふと、ポストを振り返った。なぜ振り返ったのか、一瞬、わからなかった。一拍置いて、白い軍手が頭に浮かんだ。軍手はなかった。付近に落ちている様子もない。誰かに拾われたんだと、そう思った。
それから、バス通学の度にポストの上を確認するようになった。きまって、行きにはあるが帰りにはなくなっている。誰の仕業なのかはわからない。その意味も見当がつかない。私には関係のないことだ。冬服から夏服へと変わる前には、日常へ溶けていった。
その日は生理痛がひどかった。休もうかと悩みつつも、試験前だからと、晴れていたがバスに乗ることにした。お腹をさすりながら玄関を出ると、日差しが昨日より眩しくて、目を細めた。
ポストの前を通り過ぎようとしたとき――「あ」と声がついて出た。軍手は、ただの軍手ではなかった。二つの黒丸と、それらを掬うように、弧が描かれていた。
「⋯⋯顔?」
初めて見かけたときの黒いシミを思い出す。
「顔、だったんだ」
その顔は、笑顔に見えた。雨の日にも晴れの日にも、寒い日にもちょっと汗ばむ日にも、誰かが描いて、置いていたのかもしれない。ふっと笑いがこみ上げた。お腹が痛んで手を添えた。その手の温もりがじんわりと広がる。
私は鞄の中のスマートフォンへ手を伸ばしたが、指が触れたところで、やめた。撮りたいのは軍手じゃない。大きく息を吐いた。そして、大きく吸いこんだ。朝のひんやりとした空気がお腹の奥底まで入っていくのを感じた。
「じゃあね」
軍手にそう声を掛けて、バス停へと足を向けた。が、すぐに踵を返した。
再びポストへ駆け寄り、鞄の中からシール帳を取り出して、軍手の頬にハートのシールを貼り付けた。「キミ、かわいくなったじゃないか」と笑ったら、お腹にちくりと来た。届きますように。そう念を送って、バス停へと足早に向かった。
(了)
奥付
白い軍手
- 著者
- QU
- 公開日
- 2026年7月5日