壁の汚れ
目が覚めて、反射的にベッド脇のデジタル時計に目をやった。思ったより眠れたようだ。目が暗闇に慣れないうちに体を起こした。足でペラペラのスリッパを探るも見つからない。裸足のままトイレへ向かった。
そしてまた、あのことを考えた。
――気分転換に、ホテルにでも泊まってみたら?
――環境が変われば、眠れるかもよ?
一緒に洗いものをしているとき、妻が唐突にそう言った。
数日経って、「あれ、試してみるよ」と答えた。それだけで通じた。
数駅先の安いホテルにした。妻は「もっといいところでも」と言ったが、「進むことが大切だから」と妻のいつもの言葉をなぞったら、妻は笑っていた。
早い時間にチェックインを済ませた。部屋のカーテンを開けると、隣の倉庫の壁しか見えなかった。しばらくその白い壁を眺めた。何本も雨垂れの黒い筋が走る。汚れは流れ切らない。
⋯⋯。
まただ。
はっとして便座から立ち上がり、トイレを流した。さっきも流したと気付いたのはレバーを回したあとだった。タンクの給水音が止むまでその場を動けなかった。
トイレを出ると、部屋がほのかに赤いことに気付いた。
裸足のまま窓へ向かい、カーテンを開けると。
息を呑んだ。
白い壁は真っ赤に染まっていた。
朝日だ。
直接は見えない。
それでも、いや、かえって。
妻にも見せたかった。
壁の汚れはいまは見えない。
(了)
奥付
壁の汚れ
- 作者
- QU
- 公開日
- 2026年11月1日