一
山の影が町を蔽う。
コートの袖を捲って時計を見た。まだ三時半にもなっていない。手の甲をさすりながら、薄曇りの空を見上げた。雲にはまだ日の光が残っていた。
木々のざわめきが迫り、やがて風が吹いた。冷たい空気が襟元から流れ込む。肌が縮むのを感じたが、首をすくめることはしなかった。
しばらく歩くと、鳥居の前に出た。
柱は腐食で黒ずみ、扁額は錆で読めない。参道は奥の石階段へと続く。その先へと視線を滑らせたが、社殿の影すら見えない。階段の下まで、と足を踏み出しかけたとき、扁額の下で揺れる紙垂の白さに、誰かに必要とされている気配を感じ、「うっ」と、声とも吐息ともつかない音が漏れた。気づけば背を向けていた。靴底にねじられた砂が鳴る。その音が痛かった。
向かいの通りには、古い民家が建ち並ぶ。その奥に踏切が見えた。駅もそう遠くないはずだ。ペースを落としてつぎはぎだらけの道を歩いた。途中に空き地があった。その前を通り過ぎようとして――
一本の柱が視界の端に入った。
その柱は、空き地の真ん中に立っていた。祭事か何かに使うものかとも思ったが、よく見ると、腕金や足場釘があった。
「電柱……?」
振り向いて道沿いの電柱を一瞥し、改めて空き地の柱を見た。これは電柱だ。ただ、電線はつながっていない。何の役にも立たない――という言葉が浮かびかけて、息が詰まった。では、自分は? 若い雑草の匂いが苦かった。この場を去ろうとしたものの、足は動かない。視線だけは電柱に戻っていた。
ごおっと、飛行機の唸る音が降ってきた。
手の平にかいた汗を拭って、足を踏切の方へと向けた。視界から外れても、どこかで引っかかり続けていた。