二 出会い
近くの森で暮らす魔法使いがいるらしいと耳にした。
両親にその話をしたら、「魔法使いなんてもういないよ。いたとしても、城から出られるわけがない」と相手にもされなかった。
魔法使いは、魔法が使えるというだけで――それ自体すごいことなのだが――血筋がなくても特権階級として扱われる。一般庶民が魔法使いを目にすることはほとんどない。即位式のような大きな行事のときに遠目で見られるかどうかといったところだ。私はまだ見たことがなかった。
魔法を見られる最初で最後のチャンスかもしれない。そう思った私は、その森へ向かうことにした。前日の夜は眠れなかった。
森の道を歩いていると、幼いころに両親に手を引かれて、隣町の親戚を訪ねたときのことを思い出す。荷物を引くロバが珍しくて触ろうとしたら、それを引いていた商人に「蹴られて骨が砕けるぞ」と怒鳴られ、大泣きした。
それも昔の話だ。北の街道ができたいまでは、ほとんど人は通らない。
しばらく歩くと辻に出た。左に行くと北の街道、右は運河のほうだ。周りの空き家が目に入る。朽ちた戸板にかつての面影は見られない。
魔法使いなら街道は避けると思い、右へ進んだ。まもなくして、木々の奥に一軒家が見えた。空き家ではない。人の手が入っている。
はやる気持ちを押さえつつ、しかし、歩みは自然早くなる。近づくにつれ、家の様子がわかってきた。煙突がある。街でもそんなには見られない設えだ。ただならぬ人物が住んでいると思った。
その家へと続く小道の前まで来た。簡易ながら石畳が敷かれ、前庭は質素ではあるものの、雑草などは丁寧に刈られていて、堅実な人物像を思わせた。
胸の高鳴りと口の渇きを感じた。首からぶら下げたコスレルを手に取る。革の口を開けると、エールの匂いがふわりと立ち上った。口に含み、ごくりと飲み込む。何度も深呼吸したが、鼓動は早いままだ。
「ごめんください」
そう言ってドアノッカーを叩いた。気圧されぬよう、落ち着いた声を出したつもりが、声が上ずっていたのを自覚した。
閂を外す音がして、ドアが開いた。出てきたのは、祖母と同じぐらいの年齢だと思われる、老人だった。
「どちら様で?」
「こんにちは。ミリア・オルドリスと申します。多分……あなたを訪ねてきました」
「こんにちは、ミリアさん。多分、ですか?」
「はい。魔法使い……森に魔法使いが住んでいると聞きまして、その……」
「見物に来られた?」
私の不躾な言いようを丁寧に返されて、何とか言い繕いたかったが、いい言葉が思いつかなかった。
「いえ……あの……魔法を見せてほしいんです」
老人は私の目をじっと見つめながら、小さくふむと鼻を鳴らす。そして、一度視線を宙に彷徨わせてから、こう言った。
「私はゾルダンと申します。ゾルダン・メーレンです」
「ゾルダンさん」
「はい、ミリアさん。申し訳ありませんが、魔法は使いません。そう決めたのです。魔法をお見せすることはできません」
ゾルダンの表情は穏やかだ。しかし、言葉には隙がなかった。魔法を使いたくないなら、魔法使いではないと言えば済む。そうはしなかった。誠実な人だと、そして、芯の強い人だと思った。
「なぜですか? なぜ、魔法を使わないと決められたのですか?」
ゾルダンは一度目を伏せ、より真っ直ぐな眼差しで私の目を見た。
「ミリアさん」
「はい」
「申し訳ないが、これ以上のことをお話しするつもりはありません」
ゾルダンはそれだけ言うと、お引き取りをと言わんばかりに、通りのほうへ手の平を差し出した。食らいつくための糸口はないかと頭を働かせたが、適当なものは見つかなかった。
「……今日は帰ります。お邪魔しました」
力のない言葉を残して、魔法使いの家をあとにした。
「お気をつけて」
背中越しに聞こえたが、振り返ることはできなかった。