八 池の色
「こんにちは、ゾルダンさん」
「こんにちは、ミリアさん。お久し振りですね」
「家の手伝いが忙しかったものですから。それに、雪も」
「この辺はまだ木陰に残っていますね。さあ、お寒いでしょう」
促されて中に入る。鼻水をすすりながら、ゾルダンの肩越しに、厚い耳を見た。目までは見えない。
部屋の中は、温かった。暖炉で火が弾ける音が静かに響く。
「何か飲みものを入れましょう」
「お手伝いします」
「待っていてください。顔色がすぐれないようですし」
「えっ」
「お手伝いで忙しかったのでしょう? 無理はなさらずに」
「……はい。ありがとうございます」
いつもの素朴な椅子に腰を掛ける。
ゾルダンが部屋を出て行ったのを見送ってから、尖塔の椅子を見た。やはり部屋の隅に置かれていた。一脚しかない。他の部屋にあるのかもしれないし、もうないのかもしれない。目が暖炉に向いた。冷えたままの手で、二の腕をさすった。
ガタッ。
その音で目が覚めた。周りを見回すが、ゾルダンの姿はない。もう一度、ガタッと音がした。鎧戸が風に打たれた音のようだ。
ラムズウールを飲みながら、ゾルダンの話を聞いていた。青色に輝く池の話だった。「空の色が落ちたのかも」と言ったら、鉱石がどうのと言っていたが、よくわからなかった。
立ち上がって静かに燃える薪を見た。それから、尖塔の椅子に近づき、装飾を撫でてみた。母が文箱として使っている木箱より彫りが細かく、その鋭さに思わず手を引いた。
足音が聞こえた。
その場を離れて、伸びをした。そこへ、ゾルダンが入ってきた。
「目が覚めましたか?」
「はい。すみません。寝ちゃって」
「前にもこんなことがありましたね」
ゾルダンはそう言って、目を細めた。
「私がクグロフを持ってきた日ですね」
「ええ。一緒にお菓子をと。あのときは驚きましたよ」
二人で笑い合った。
また、ガタッと音が鳴る。
「そうそう。風が強くなってきたようです」
「はい。あの音で目が覚めました」
「荒れないうちにお帰りになったほうがいい」
「はい。そうします」
街に着いて空を見上げると、夕焼けがきれいだった。
夕焼け色の池はないのかなと思った。