七
下校中の学生とすれ違う。
それを避けるつもりだったが、海で時間を潰しすぎた。でも、いまはそんなことも気にならない。どうでもよかった。
気づいたら、見慣れた家の、見慣れた玄関ドアの前に立っていた。玄関ドアのバーハンドルを引っ張った。いつもより重く感じた。
「ただいま」
誰にも聞こえないように、そう言った。靴を脱ごうとしたとき、靴の中に砂を感じた。上り框に腰を下ろして靴下を脱いだ。
「おかえり。早かったね」
奥から母が出てきた。
「⋯⋯うん」
靴の履き口を下に向けて叩き合わせた。
「砂?」
「⋯⋯うん」
「お風呂湧いてるから、先に入っちゃいな」
「⋯⋯うん」
消え入るような返事になったと思った。母もそう思ったようで、「元気ない?」と、表情を窺うように覗き込んで訊いてくる。横目で捉えた母の顔が強ばっているように見えたから、「大丈夫」と振り絞ってみたものの、たいした声にはならなかった。
「なんか、疲れちゃって」
引きつった笑顔で、そう言い繕うのが精一杯だった。
「お風呂にゆっくり浸かっといで」
立ち上がって風呂場へ向かおうとしたとき。
「そうだ――」
バッグからキーホルダーを取り出した。カッパカエルというキャラクターのグッズらしい。海の近くの店で見かけたとき、姉の鞄が頭に浮かんだ。自分にはこれぐらいしかできない。そう思って買ったものだ。
「――これ、姉ちゃんに」
母は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに可笑しそうに。
「自分で渡しなよ。上にいるよ」
「いいよ。砂まみれだし」
母は「この子も、アレだよ」と笑った。
シャワーを頭からかぶった。顔が少しヒリヒリした。潮のせいかなとも思ったが、曇り空でも紫外線は強いというから、そのせいかもしれないと思った。頭と体を一通り洗ってから湯船に浸かった。浮力を失ったように体が重く感じた。
その日は、よく眠れた。